学院長メッセージ「学院長就任の辞」

学校法人鎮西学院 学院長 姜尚中

 この度は、いく度かの逡巡の末、鎮西学院の学院長の要職に就任することになりました。率直に告白すれば、137年周年を迎える学院の長い歴史と伝統の重さを思うと、学院長の重責を担うことに、怯んでしまわざるをえませんでした。しかも、本学院創立の起源や、米国のみならず世界のクリスチャンの慈愛に満ちた協力のもと本学院が、人類史上未曾有の被爆の惨劇の中から蘇った経緯を考えると、学院長の職責の重さを痛感し、学院長就任について逡巡せざるをえませんでした。

 しかし、甚大な犠牲者を出しながらも被爆の地から諫早市中井原の地に新天地を求め、第18代学院長・千葉胤雄先生の指導のもと奇跡的な復興を成し遂げ、現キャンパスで幼稚園・高等学校・大学を擁する学院として見事に「復活」したことは、「出エジプト紀」を髣髴とさせるような奇跡であり、それを知るにつけて、鎮西学院の灯火を決して消してはならない、この学院こそ、神に選ばれた学舎であると確信するようになりました。

 この確信は、そうした苦難と再生、「復活」の歴史を身をもって追体験する平和行進への参加を通じて揺るぎないものになり、微力ながら学院の灯火を守り、それを次世代に伝えていくことに裨益できればと願い、学院長の要職を引き受ける決心をした次第です。

 いうまでもなく、学院を取り巻く環境は、決して安穏としているわけではありません。

 巨視的に見れば、戦前の軍事、戦後の経済、戦争と平和の時代の決定的な違いはあれ、明治維新から150年、近代日本は拡大と上昇、絶えざる進歩を目指し、世界的にも比類のない地位を獲得しました。

 しかし、国民が平均的な水準の教育に恵まれ、社会的な上昇の機会が約束されるとともに、成長に対応して人口も増大していく時代は終わり、成長が限りなくゼロに近づく「定常化社会」の到来が現実のものになりつつあります。それとともに、階層的・地域的な格差が顕在化し、少子高齢化とともに、就学人口そのものが頭打ちになり、高等教育機関の存続すら危ぶまれる事態に立ち至っています。

 このような困難な時代の波濤に洗われながらも、本学院の灯火を絶やすことなく、次世代にその松明を確実に渡していくためにはどうしたらいいのか。そのことが今、あらためて問われています。

 困った時には原則にもどる。これは私の座右の銘でもあります。本学院の成り立ち、その後の苦難と再生の歴史に思いをはせる時、大切なことはキリスト教精神に立ち返り、神の御言葉に耳を傾け、学院のミッションをあらためて確認し、それをシェアし合うことです。

 と同時に聖書の言葉を「いまとここ」に生きる現場に絶えず「翻訳」し、実践していくことが必要とされています。平和の構築も、抽象的な理念やスローガンにとどまらず、急速に変化する現代社会の中で絶えざる実践を通じて達成されていかなければなりません。そのためには、あるべき「当為」に少しでも近づくためにも、「事実」を曇りなく観察し、分析する知的な誠実さと深い教養が必要とされています。同時に、それに基づいて、日々の仕事の中で自己実現を図っていくための専門的な知識の習得が不可欠であることはいうまでもありません。

 本学院がこれまでの歴史で実践してきたように、神の愛を社会の具体的な現場の中で実践すべく、曇りのない知的な誠実さと能力を涵養し、「現場人」としての専門的な知識を備えた人格を陶冶することこそ、本学院のミッションであると確信しています。

 さらに、そのような人格は、幼少期の慈愛に囲まれた環境からその芽が育つことを考えれば、幼児教育の重要性はこれまで以上に大きくなっていることは言うまでもありません。

 以上のことを踏まえ、私は高大連携をはじめ、学院と県内の中学や高校とのネットワーク作り、さらに地域社会との連携、さらに地域に向けた学院の発信に向けて魯鈍に鞭打って鋭意、尽力していく所存です。

 既成の価値が揺らぎ、様々な混乱が起きている時代だからこそ、我が学院がますます輝く時代が到来していると思います。皆さんと一緒に、衆知を結集し、それぞれの持ち場で全力を尽くせば、必ずやこの困難を乗り越えていくことができると固く信じています。

学校法人鎮西学院 学院長 姜尚中